#02 本業とは別にビール醸造をする者同士で語る 「地場のビール」の大義とおもしろさ

2022.04.26

PROFILE

平野 啓介 氏

丸八不動産株式会社社長 / OCTAGON BREWING代表
静岡県浜松市出身。日系の投資銀行で不動産証券化・流動化の業務を経て、2011年に地元浜松にUターン。家業である丸八不動産を継ぐ。全国のレースに参加する自転車好きで、各地に遠征した際に各地のブリュワリーに立ち寄った経験がもとに「コミュニケーションツールとしてのビール」を知る。2017年「OCTAGON BREWING」の醸造を開始。
HP : 丸八不動産
HP : OCTAGON BREWING

山﨑 昌宣

株式会社シクロ代表取締役 / シクロホールディングス株式会社会長
Derailleur Brew Works代表

大阪府大阪市出身2008年大阪市内で介護医療サービスの会社「株式会社シクロ」を発足。2018年からは趣味が高じてクラフトビール「Derailleur Brew Works」の醸造を開始する。自転車競技の実業団にも所属するロードバイク好き。異業種の出会いこそが自らが強く&面白くなれる道と信じていて、人との繋がりを大事にしている。口癖はネクストとステイチューン。
HP : Derailleur Brew Works

「大義はあるけど感動ポルノにはしない」
Derailleur Brew Worksのビール

山﨑さんがビールをつくったきっかけはどんなものだったんでしょうか?

平野 そうだよね、それ気になるよね。だってさあ、本当に何言ってるかわかんないような、あんなハチャメチャビールをね(笑)。

山﨑 (笑)。

平野 普通はさ、これは浜松のみかん使ってるとか、新しいホップを使ってるだとか云々かんぬん商品説明に書くじゃない。Derailleur Brew Worksは、そんな話は全く出てこないわけです。でも思わずポチッとしたくなるような強烈な世界観がある。あれはどっから出てきてるんですか?

山﨑 ひとつは、大阪ってブリュワリーが多いんですよ。古参の、王道の味をつくるところが。今更僕らが横綱相撲したって箕面ビールには勝てないし、誰にも刺さらへんのです。なので、飛び道具的な存在にならないとっていう自分たちの立ち位置があるんですよ。

平野 はいはい。

山﨑 何言うてるかわからんけど何かおもろいやん、みたいに思ってもらえるのが一番大事で。この世界観はみんなに刺さらなくて良いんですよ。なんやったら、ビール全然わからんっていう層にも届けたいし、それができるのは新参者の役割やなと僕は思って。それを自分なりにやっていったら、こんな感じになってしまったっていう。ただ、じっくりビールをつくれる人が3人、醸造家として入ってきてくれたので。ここ最近の商品に関してはどっしりした味になってきましたね。

平野 どういう成り行きでビール醸造をはじめたんですっけ?

山﨑 僕らは、本業が介護や医療サービス、就労支援なんかの福祉業です。そこで働いているおっちゃんらが「お前がビールつくったら俺がナンボでも売ったるわ」って言うた、それが最初なんですよ。焼肉屋で酔っ払いながら。で、調べてみたら、何気に免許が取りやすいっていうのもあってビールを始めたっていう経緯なんです。平野さんの場合は、浜松の街をつくっているから、コミュニケーションツールとしてのビールをつくるっていうのは考え方がトップダウンじゃないですか。僕の場合は逆で、成り行きなので。

平野 大義があったわけじゃないってこと?

山﨑 大義……。そうですねえ。もちろん就労支援という面からいえば大義はあるんですけど。それはビールをつくるうえで副次的な情報になるように心がけてビールをつくるようにしてます。情報の出し方にも気を配ってますし。なんかね、就労支援ありきでビール売ってしまうと、ある種の「感動ポルノ」になっちゃうじゃないですか。別に僕は、感動ポルノでうちのビールを売りたいわけじゃないんですよね。働く場をつくるための手段っていうところに逃げてしまうと、味はそんなにでもええやんって思うし、思われてしまう。それで売れちゃったら本気でビールつくってる彼らにも失礼になるし。

平野 行き過ぎたマーケティングは周りへのリスペクトが減っちゃうもんね。だいたいさ、ビールにそんなこと触れなくてもいいんだよね。うまいだのまずいだの、高いだの安いだの、そんな話でいい。

山﨑 わかってる人は気づいちゃいますよね。そう、うちは福祉の会社がつくってるビールだけど、普段着のままで評価されたいですよね。

平野 いろいろある結果、あんなにハチャメチャなビールができるんだもん、おもしろいよね。

二足のわらじでビールをつくっていてよかったこと、
本業への影響

そんなに儲からないとおふたりは言いますが、ビール造りが本業へどう影響していますか?

平野 僕、この醸造所にきたのははじめてなんだけどさ。前回はここに移転する前の、醸造規模もまだずっと小さかったときには来てた。これ……すげーよね。こんなでかいタンクつくちゃってさあ。見た瞬間に「山﨑さんもうやめらんねーじゃん!」って思いましたよ(笑)

山﨑 そうなんですよ〜。退路をみずから絶ってしまいました。

平野 僕は、醸造所はいつでもやめられる規模でしかやらないって決めてるからさ。いまフルで稼働してるから、どんなに頑張っても売り上げは天井が見えちゃってるんだけども。山﨑さんの場合は規模拡大して、売っていこうって思ってるってことだから、ホントすごいよね!

山﨑 一応ね、兵法というか、逃げ道もあって。建物の3階と4階が障害者専用のマンションなんですよ。で、隣接している棟が、就労支援の人たちの寄宿舎になっていて。そっちで収益を出せるようになっているから、万が一ビールの醸造が止まっても、物件の返済はしていけるようにはなってます。

平野 醸造所の拡大だけじゃなくて、直営の飲食店も増えてるじゃないですか。2018年でしょ、立ち上がったの。4年の間にこれだけの展開するってほんと賞賛ですよ。だってさあ、儲かってないと続けられないじゃないですか、どんなに好きでも。好きなものをやるために稼ぐだけが全てじゃないんだけど、儲かってないと続けられない。

山﨑 毎年の決算でね、うちのコアメンバーに収支を見せるじゃないですか。部門別で表示せざるを得ないので、醸造と飲食だけが芳しくないんですよ、正直言って。さすがにマイナスとまではいかないけど。いつも「やめなはれ」って言われる。でもやめたくないんですよ。部門ごとの収益だと、収益の大部分を支えてくれている人たちがどんなに頑張っても給料上がって行かないってシステムになっちゃうじゃないですか。 働くモチベーションとしては不健康ですよね。「ビールがなかったらうちの部門の収入の原資とかになったんちゃうか」とか思われるし。 そういう構造はやっぱり取り続けてたらあかんと思う。

平野 うんうん。

山﨑 で、やめろやめろって言われるのが嫌やから、本業の方を太らせつつも、ビールもしっかり製造量を増やして飲食と合わせて売り上げを立てていきたいとは思ってるんです。だってね、ビールつくってるからこそ、介護や福祉のフィールドに影響してることって、めっちゃあるんですよ。

平野 たとえばどういう?

山﨑 僕個人でいうと「ビールつくってるんですよ〜」っていうのがきっかけで新しい人間関係がものすごく増えたんです。僕、本来は人見知りなんで、コミュニケーションツールとしてのクラフトビールに助けられまくってて。

平野 僕もそうだな〜。僕は酒が飲めないけど、お酒つくってるからって酒好きが集まってくる。コミュニケーションのいい道具になるっていうのはあるよね。

山﨑 会社全体のほうにも影響があって。もともとヘルパーの社員が今はレシピの監修なんかもやったり、職種の壁を超えて個人のスキルを活かせる分野ができてきているんです。あと、飲食って介護や福祉の分野とは違う評価軸じゃないですか。どういうことでお客さんから「ありがとう」って思ってもらえるかの判断基準が違うし、報酬の得方も違う。異なる事業が並走してることで、会社の空気とか、新しく入ってくるスタッフの質は上がっていってるなあって思います。

平野 うちは社内には全然そういう効果ないなあ。僕の説明の仕方が悪いっていうのがあるんだけど。そもそも、ビール醸造の売り上げなんて、うちの売り上げ全体でみたら誤差みたいなもんなんですよ。

山﨑 ええ〜!かっこいい〜!言うてみたいわそんなん!

平野 いやいやいや。それでいうと誤差みたいなもんだけど、うちも確実に影響は出てるね。不動産屋だけをやってるより、目に見えるものを提供する側とかモノづくりをする側にもなると、相手からの見られ方って変わってくる。商店街の人たちは「ビールつくってる人」っていう認識を持ってくださってるし。あと浜松の駅前広場でビアフェスを僕らが主導でやったんですが、いままで浜松にビアフェスがなかったこともあって、広場史上、動員が1番のイベントになったんですよ。公称で2万人くらいかな。

山﨑 すごいっすね。めっちゃ街の賑わいづくりに関わってるじゃないですか。例えば、平野さんたちの取り組みで、坪単価が上がったりっていうのはあるんですか?

平野 土地の値段が上がってるって言うのはないですけど、通りのうち2ブロックくらいリノベーションをしたんですが、それが8年前で、Octagon Brewingを立ち上げたのが3年前。だんだん、若い人が始めるお店が増えてきたんですよね。マイクロデベロップメントっていうか、小さな駅前通りをどうやったら人が集まる場所にできるのかを課題にしたエリア開発のおかげで、手応えは感じてきましたね。もちろん一角に、Octagon Brewingがあるってのは若いお店が集まる要因にはなってると思いますよ。

山﨑 羨ましいです。まちづくりのひとつとしてブリュワリーを興して、それが単にひとつの店をつくるだけではなくて、じつは丸八不動産が財力を持っていくつかのテナントを複数持ってて、街全体を変えていってるっていうのが。

平野 財力って(笑)!?

次にやりたいのは宿?
マイクロな価値の創出で果実を得ていきたい

ビールづくりの面でおふたりが次にやりたいことってなんですか?

山﨑 本気の宿つくりません?タップルームとゲストハウスがひとつになってるようなやつ。

平野 いいねえ。そういうの、浜松にまだないしね。

山﨑 関西でいうと箕面ええんちゃうかなって思ってて。2022年の3月に、大阪の箕面で新しくお店をオープンするんですけど、箕面って宿がないんですよ。滝とか観光名所はあるのに、とにかく宿がない。宿ができたら晩ごはん食べるお店が周囲にできるし、宿きっかけでエリアが活性化する例もあると思うんです。

平野 そういうマイクロな価値の創出って僕たちみたいな規模の集団でもできると思っていて。西成が、大阪が……っていう規模感でも、自分たちのビジョンで動かせる何かがあるっていいことだよね。なんつーかさ、自分たちのやりたいことやって、それで小さくてもいいから果実を得られれば十分っつーかさ。

山﨑 僕、一生それやって終わる気がします……。

平野 いいと思いますよそれで。だってさ、国民みんなが見たり読んだりする媒体がもうないから、日本全体のシーンなんて作りようがないしさ。ビール業界全体を俺たちが上げていく……!みたいなのもできないじゃん。僕は浜松が盛り上がればそれでもういいと思ってる。そこらへんの町中華のオヤジに、「これからの中華料理業界どうなっていくと思います?」みたいな話してもわかんないのとおんなじだよ(笑)。

山﨑 確かにね〜!いやあ、宿ええなあ、宿。ちょっと一緒にやりましょうよ。

平野 いいね。不動産屋としてもサポートするから施工はまかせといてくださいよ!

Interview & Text by ヒラヤマヤスコ
Photography by 福家信哉

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