#8 ひんやり冷たい大きなダンボール箱が届くまで。
2023.09.26
PROFILE
山﨑 昌宣
株式会社シクロ代表取締役 / シクロホールディングス株式会社会長
Derailleur Brew Works代表
大阪府大阪市出身2008年大阪市内で介護医療サービスの会社「株式会社シクロ」を発足。2018年からは趣味が高じてクラフトビール「Derailleur Brew Works」の醸造を開始する。自転車競技の実業団にも所属するロードバイク好き。異業種の出会いこそが自らが強く&面白くなれる道と信じていて、人との繋がりを大事にしている。口癖はネクストとステイチューン。
HP : Derailleur Brew Works
松井 遥佳
大阪府出身。カフェ店長などの経験を経て、2021年に株式会社シクロに入社。スタンドうみねこyocaの立ち上げなど飲食部門で活躍後、現在は『BEER CAKES KYOTO』のプロデュース担当を任される。休日にのんびりパン屋さんを巡るのが至福のひととき。
松井の中で、ふんわりとではあるのだが、たしかに芽生えていた願望。
「いつか自分のお店をもつことができれば、自分がいいと思える商品をお店に並べられるのになあ。」
めぐってきたチャンスを掴むか、掴まないかは、自分次第である。
はじめるよ、いや、いつでも、はじまるよ。
え、もうはじまってるの?
松井は、シクロで勤務してきた2年間、福岡の店舗である『スタンドうみねこyoca』の立ち上げのほか、いろいろな形でシクロの飲食部門を支えてきた。本部での仕事は、大阪西成が拠点である。
結婚を機に九州へ引っ越すこととなった松井は、今後の働き方について悩んでいた。
「どうにか、今の仕事をつづけることはできないか。」
松井は、これまでの飲食部門での仕事が好きであった。やりがいもあり、働く環境も自分にあっていると感じていた。そのため、できることなら今の仕事をつづけたかったのだ。
相談に訪れた松井に対して、山﨑は言った。
「今まで通りの仕事を福岡を拠点につづけるのは難しいんじゃないですか?」と。
「ああ、やっぱり無理かあ……。辞めるしかないのかなあ……。」
ショックを受けた松井に、山﨑は続けた。
「その代わりと言ってはなんですが、新しくはじめるプロジェクトのプロデュース担当として、今まで通り、いや、今まで以上に力を貸してくれませんか?」
松井に山﨑が提案したのは、新しい関係でシクロの仕事をつづけるというものであった。
これまでの松井の働きぶりを見ていた山﨑は、松井のもつセンスや感覚を、本人が望む形で活かすことができるのであれば、活かしたいと考えたのだ。
その新しいプロジェクトこそ、『BEER CAKES KYOTO』である。
ショックな気持ちから一転、思わぬ提案に松井は驚いた。
話の詳細を聞くところによると、これまで飲食部門で展開してきた店舗とは全く違う形で新しくオープンする『BEER CAKES KYOTO』。
その店舗づくりや、そこで提供する商品の開発、ブランディングなどを、多角的にプロデュースを担うというものであった。
松井はシクロに入社する前は、15年間カフェで働いていた。店長やエリアマネージャーなど、飲食業界での経験を積んできた中で、商品開発などに携わることももちろんあった。
ただ、自分が感じたことが主軸となって商品に反映されるかといえば、そうではない。会社の方針に左右されることも多い。自分の立場で実現できることには限りがあったため、もどかしさを感じることも少なくはなかった。
「いいものとはなにか。」の感覚。
長らく飲食業界でキャリアを積んできた松井には、それなりに自分を信じられる自身の感覚もあったし、それを実現できる場を望む気持ちもあった。
そんな松井にとって山﨑の提案は、願ったり叶ったりというべきか、とてもありがたく、うれしいものであった。
「いつか自分のお店をもつことができれば、自分がいいと思える商品をお店に並べられるのになあ。」
ふんわり描いていた未来とは少し異なるが、自分の思いを実現できる場ができるのだ。
喜びと同時に大きなプレッシャーを感じなかったといえば、嘘になる。しかし、喜びの方が大きい。
そのようにして、あれよあれよとプロデュース担当として関わることとなった『BEER CAKES KYOTO』。松井のプロデュース人生は、ひんやり冷たい大きなダンボール箱が自宅に届くところからはじまる。
つづく
text by コイケ マオ
Illustration by トミタリサ