#02 新しい価値観を提案する「街の自転車乗り」の、ゆるカッコいいスタイルの背景にあるもの

2022.05.31

PROFILE

イノウエリョウ 氏

週末サイクリスト
Webデザイン会社でディレクターとして勤務するかたわら「週末サイクリスト」として地元の面白そうな裏道を探したり、キャンプに行ったり、公園でハンモックを張ってコーヒー飲んだりと自転車で遊んでいる。ブログ「Play! Bike! Camp!」やInstagramアカウントで週末サイクリストの活動を発信中。口癖は「閉店力」。好きなWebサイトは「国土地理院地図」。
Blog : Play! Bike! Camp!
Instagram : @playbikecamp

山﨑 昌宣

株式会社シクロ代表取締役 / シクロホールディングス株式会社会長
Derailleur Brew Works代表

大阪府大阪市出身2008年大阪市内で介護医療サービスの会社「株式会社シクロ」を発足。2018年からは趣味が高じてクラフトビール「Derailleur Brew Works」の醸造を開始する。自転車競技の実業団にも所属するロードバイク好き。異業種の出会いこそが自らが強く&面白くなれる道と信じていて、人との繋がりを大事にしている。口癖はネクストとステイチューン。
HP : Derailleur Brew Works

家を引き払うほどのワーキングプアを経て好きなことができる現在がある

「Play! Bike! Camp!」の価値や、イノウエさんのスタイルに関しては理解できたんですが、山﨑さんの言う「そこに漂う謎の余裕」の正体とはなんなんでしょうか?

山﨑 確かイノウエくん、自転車乗りはじめたのって、そこそこおっさんになってからやったよね。それは関係あるんかな。

イノウエ そうそう、ロードバイクを買ったのは40歳になってからでした。5年くらい前かな、子育てがちょっと落ち着いてきたっていうのはありますね。子ども達が小学校4年生と1年生になって、長時間の留守番ができるようになってきたタイミング。もともと、大学の卒業前にマウンテンバイク買って四国一周したこともあるくらいには自転車は好きでした。ただ、結婚して子どもができて生活の優先度が自分より家族に変わってきて、そういう活動からは離れていったんですね。その時は、遠征に出かけてる友達を見て羨ましく思っていたこともありました。

山﨑 イノウエくんが子育てに邁進してた頃、ちょうど2015年くらいからかな。そのあたりって「BLUE LUG」とか「Circles」みたいな、ちょっとおしゃれな自転車屋さんが注目されてきた時代やったよね。

イノウエ そうですね。自転車に道具積んでキャンプに行くようなカルチャーが出てきて、うわめっちゃかっこいいなって思ってました。

山﨑 自転車を買うまではずっと空白期間があったんですか? 何か他の趣味をやってた?

イノウエ 僕ね、めちゃくちゃワーキングプアやったんですよ。新卒で入った会社を2年で辞めたあと、転職先を探していたら、雑誌の『Web Designing』にWebサイトの制作予算が500万円……的なことが書いてあって、Web業界めっちゃいいやん!って思った。それで、専門学校で Web制作の基礎を学んで、制作会社に入ったんです。それがもうすごい薄給で。

山﨑 そうなんや。

イノウエ 専門学校で習ってちょっとソフトが使えるようになっただけのデザイナーなので、会社にしてみると全然人材として使えるわけがなくて。手取りで15万円とか……。奥さんは映像の仕事をしていたんですが、映像制作業も若いうちは薄給なんですよ。生活は楽しかったし飲みにも出かけてたけど、自転車を買うような余裕はなかったですね。

山﨑 こだわりだしたらこんな金食い虫の趣味はないですからね。

イノウエ 手取りで15万円のところから2回転職して、その頃と比べると倍以上の金額は稼げるようにはなってるので。 お金稼げるようになって、子どもの成長も含めて生活が落ち着いてきたのが40歳ぐらいって感じですかね。

山﨑 若い頃しんどかったなかで「お前らにはわからんやろ」的な辛さもありました?

イノウエ お金がなかったのはしんどかったですねえ。その、手取り15万の会社が潰れたんですよ。しかも一人目の子どもが生まれるタイミングで。社長が、会社の規模に見合わない案件を取ってきて、プログラマーが飛んで、会社の資産を差し押さえられて。子が生まれる前後の一か月半、給料がなかったんですよ。会社が倒産するから備品なんでも持って行っていいでって言われて、Mac miniのG4っていう「こんなんもらってもどうしようもないわ」みたいなめちゃくちゃ古いMacもらっただけ(笑)

山﨑 うわ〜!何にも使えへんやつ!

イノウエ お金がないので仕方がないからアパートを引き払って、僕の実家に帰ることにもなって。奥さんも大変やったと思いますね。ただ、成長した子どもたちは親が制作の現場でヒイヒイなってた過去もどこ吹く風で、娘はイラスト描きたいって言い出したり、息子は音楽やりたいって言い出したり(笑)。娘が次、高校生なんですけど、デザイン科のある高校に行きたいって言うて……。ふたりともクリエイティブの方面に興味を持っていて、びっくりしてますね。

価値観をアップデートし続けることで「最近の若者は…」にならない

街を楽しみながら自転車に乗るとか、アウトプットのスタイルも含めてお父さんが常に楽しそうにしてるから、お子さんにいい影響が出ているんじゃないでしょうか。

山﨑 僕もそう思いますよ。

イノウエ 僕、中学校の時にけっこうイジメられてたんですよ。ドッジボールに誘われて校庭に出たのに「お前いらんから帰れ」って言われて追い返されたりとか、朝登校したら上靴のなかにウンコ入ってたりとか……。

山﨑 ウンコですか!? 

イノウエ そうそう。どっか犬の糞かなんかを拾ってきて入れたんでしょうね。それでも学校行かへんようになったら負けやなと思って、気合いで通ってたんですけど。「生きててもええことない」とまでは思わなかったものの、子どもながらにアレは辛かった。子どもって、学校と家が人生の全てだと思いがちじゃないですか。

山﨑 決してそんなことはないんですけどね。大人になるにつれてもっと視界は広がるし、いろんな世界に触れられるんですけど。子ども当人であるうちはなかなか理解できない。

イノウエ 大人になったらもっと面白いことがいっぱいあるし、お金も稼げていっぱい遊べるし。いま子どもながらにしんどいことはいっぱいあるかもしれんけど、想像する以上におもろいことが世の中にいっぱいあるっていうのは、子どもに示していきたいと思ってます。大人って面白そうやなって常に思わせないといけないなって。

山﨑 お子さんがやりたいことに向かって意思表示を示せてるのって、イノウエくんのその姿勢のおかげじゃないですか? めっちゃいい親やと思います。

イノウエ 常にうまくいくわけじゃないですけどね。子どもやからってちょっと偉そうに言っちゃう事ってあるじゃないですか。「あんたの会社の後輩に対してやったらそんな言い方せえへんやろ」って、奥さんにはよく怒られてます。

山﨑 つい言うてしまうことってありますけど、それでもめっちゃ意識してる人やと思うんですよ。それってね、家庭のことだけじゃなくて、仕事の方でも後進を育てる時にむっちゃ生かされてるんじゃないかなあって。なにか意識して考えてることはありますか?

イノウエ いわゆる「ダイバーシティ」ってほんまにそうやなって思ってますね。会社の人だろうが子どもだろうが、一対一で、人が人として付き合うとして話をするように意識はしていて、話す相手によって話があまり差が無いように、偏見を持たないように、マウントを取らないようにしようっていうのはありますね。

山﨑 僕らもう立派なおじさんですし、常に意識し続けないと昔の感覚でモノ言うてしまうんですよね……。そういうの、ひとつひとつ潰していかんとあかんなと思います。価値観をアップデートし続ける努力が常に必要で。

イノウエ どこの業種も必要ですけど、とくにWeb業界って、アップデートが必須の職業なんですよ。どんどん新しい技術やデザインのトレンドが出てくるので、去年・一昨年と同じことやってるっていうのは、相対的に能力が下がっちゃってるんです。だから、新しい感覚とか新しい働き方も、どんどん身につけて実践していかないと業界に残れない。

山﨑 そして、新しい価値観によって自分達おじさんもエエこといっぱいあるじゃないですか。僕、いま京都に住んでて、基本的にテレワークなんです。西成で福祉の会社やってて、京都に住めるなんて思ってもいなかった。「家で仕事する」っていうことが強制的に世の中に周知(あるいは衆知)されたのはコロナ禍が原因ですけど、こんなにテレワークが定着したのは、若い価値観がどんどん「会社行かなくても仕事回るんですよ!」って示してくれたからだと思うんです。

イノウエ うんうん。

山﨑 うちも社員数が少なくないので、毎日どこかの部署で陽性者が出る時期もありました。昔やったらずっと会社に張り付いとかなあかん!ってなってたんでしょうけど、いま、指示出しから何から「slack」で事足りる。介護や医療の分野でもテレワークが可能な時代って、すごいなあと思います。そして柔軟性高く対応していく若い人の事を、僕らおじさんはどんどん見習わんとあかんなあと思うわけです。

イノウエ 若い価値観を見習わんとなあって話でいうと、「音楽やりたい」って言ってた息子なんですが、ギターをやりたいとかじゃなくて、いわゆる打ち込み系で音楽をつくりたいって言うんですね。それで、音楽制作ができるSwitchのソフトを買ってやったんです。触り始めてちょっと経ったら32フレーズのトラックを完成させていて驚きました。なんというか、技術習得における経路もスピードも僕たちが若かった頃と全然違うんやなって。

山﨑 ああ、そうですよねえ。

イノウエ たとえば音楽家としての成功も、「tiktok」やったり、作成したトラックをYouTubeにアップして、即つくって即世に出して、即評価が得られて……っていうトライアンドエラーのスピードがものすごく速い。ついつい見えない道を模索する下積み時代があるからこそ成功があるっていう、僕たちの時代の価値観で評価しがちですけど、下積みがなかったら成功しないってことはなくて。成功までのルートの可視化と、成功のために続けていけるかどうかってのは別の問題なんですよね。

山﨑 「最近の若者は」ってなりがちですけど、トライアンドエラーのスピードが速いアウトプットは、僕たちこそがその手法を身につけないとダメなんですよね。だって寿命は僕らの方が短いから。先に死んじゃう僕らの方が率先して最新の価値観で勝負せなあかんと思いますね。

イノウエ そうそう。まあ、すぐに答えを聞かずに、いったん悩んでみてほしいとも思うんですけど……。模索することなく成功までのルートを教えて欲しいって聞いてきた時点で「お前は成功でけへんで」って感情を抱く自分もいるんですよね。「どうやったらいいですか?」よりも、「これで合ってますか?」っていうか聞き方の方が前向きやし、聞かれる方にも爽快感があっていいなと思います。

山﨑 簡単につくって発信できることの弊害ですが、いろんな人の目に晒される機会が多いぶん、失敗が怖くなってるのかもしれないですよね。他所の成功失敗もすぐにうかがい知ることができるし。

イノウエ 内緒で失敗ができないっていうのは、確かにそうですよね。

老いを感じるからこそ次の波へと進んでいく

今後の目標は何でしょうか?

イノウエ 仕事でいえば……まあスキルアップですよね。ここ2年ぐらい、のんべんだらりとサラリーマンをやってきてしまった自覚があって。さすがにマズイので転職しようかなと。

山﨑 キャリアアップとしての転職ですよね。偉くなるぶん暇にはならないんですか?

イノウエ いや、いまの職場より仕事量は確実に増えるし、業界のなかでもまあまあ忙しいって言われてる会社なんです。給料は上がるんですけど、ハードワークになるし、いろいろ言われることも増えそうで「めっちゃしんどい」って思うことは今後増えそうです。ただ正直、最近老いを感じることが増えてきたので、今のうちにちゃんと次の波に向かって漕ぎ出さないと、今後いろんな波に乗れなくなるだろうなと思ってますね。

山﨑 そうなんですね〜。いやあ、イノウエくんのしなやかなカッコよさは、見せないだけでキャリアのことや家族のこと、後進のことをめちゃくちゃ真面目に考えてるからなんですね。なんてええ話なんや。冒頭で「『Play! Bike! Camp!』の穴を見つけたい」とかみみっちいこと言ってたのが恥ずかしくなりました(笑)。

Interview & Text by ヒラヤマヤスコ
Photography by 福家信哉

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