#02 夢も希望もない!? 爆発メルヘンCity・川村真純さんの「いまこの瞬間」を積み重ねてきたクリエイター精神とは

2026.01.30

川村 真純 氏

兵庫県淡路市出身。京都嵯峨芸術短期大学部((現:嵯峨美術短期大学))卒業。在学中からアート・音楽・ファッション等に触れる。 2004年から外資系ブランド企業での勤務を数社経験し、2011年よりアクセサリーブランド「MOJOme.」をスタート。 2018年より音楽・マーケットイベントの「爆発メルヘンCity」を主宰。同時期にインタラクティブ電子工作グループ「ヅカデン」も始動。現在は兵庫県宝塚市を拠点に、屋号多め女子として活動中。

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ヅカデン
MOJOme.
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山﨑 昌宣

株式会社シクロ代表取締役 / シクロホールディングス株式会社会長

Derailleur Brew Works代表

大阪府大阪市出身2008年大阪市内で介護医療サービスの会社「株式会社シクロ」を発足。2018年からは趣味が高じてクラフトビール「Derailleur Brew Works」の醸造を開始する。自転車競技の実業団にも所属するロードバイク好き。異業種の出会いこそが自らが強く&面白くなれる道と信じていて、人との繋がりを大事にしている。口癖はネクストとステイチューン。

HP : Derailleur Brew Works

「嫁とはかくあるべき」の意識を脱したのは、バリキャリ先輩からの連絡だった

ご自身でブランドを立ち上げるなどの活動をはじめたのはいつからですか?

山﨑 ご結婚しはってから「MOJOme.」を立ち上げたんですっけ。

川村 そうですね。結婚したのが2010年で、2011年にMOJOme.を立ち上げて。でも、最初はブランドとしてバリバリやってくって感じではなかったんですよ。友達に付き合ってアクセサリーを見に行く機会があったんですけど、「全体はかわいいけど、このチェーンが細かったら買うのにな」とか「このチャームはいらんねんな」とか、買うには惜しいものばっかりだったんですよね。で、私が昔からヴィンテージのアクセサリーパーツをずっと集めてたのもあって「このチェーンを私の持ってるやつに付け替えたらいいんちゃう?」って提案して……。

山﨑 個人的に、友達のためにちょっと手を貸すくらいの感じやったんですね。そこから事業にしようとかは考えなかったんですか?

川村 当時はまだ昭和の考えが染みついてたというか「嫁とはかくあるべき」みたいなイメージにとらわれてたんですよね。家事を完璧にこなさんと遊びに行ったらあかんとか、嫁入りしたら正社員はやめて、家庭が第一でパート勤めするもんやとか思ってたんです。私自身が昭和の生まれですし、夫の親御さんも「嫁は家にいたほうがいい」ってタイプだったので。

山﨑 いまの川村さんからは全然想像つかへんのですけど。

川村 いやいやほんまに「貞淑な妻」をやってましたよ!結婚してカルティエは辞めて、知人の店を手伝ったりしながら小遣いをちょっと稼ぐ程度で。夫に「パート代は自分で稼ぎますので、稼ぎ方は自由にさせてください〜」ってお願いして。

山﨑 うっそお〜!川村さんにそんな時代があるんですね。

川村 ライブとかフェスとか、結婚前によく行ってたものからも足が遠ざかってました。多分、夫や周囲に気遣ってたんでしょうね。もちろんやりたいことはあるけど、ただ遊んでるように見えるのも嫌だったので……。

山﨑 嫁とは家にいるべき的なマインドで、どれくらい過ごされてたんですか?

川村 う〜んと、2年くらい?で、ある日、Apple Store時代にお世話になってたバリキャリの女性店長がいるんですが、その人から連絡があったんですよ「あんた暇やろ?」って。いま、ニューヨークのチョコレートブランドを日本に引っ張ってくる仕事してるから、手伝ってって言われたんです。「MARIEBELLE」(※7)っていうブランドなんですけど。

山﨑 MARIEBELLE!僕、家からめっちゃ近いです。京都のお店ですよね。

川村 そうです!京都に旗艦店舗を構えるっていうことで。で、その時は「Webとか、在宅でできる仕事やったら手伝えますよ」って言ってたんですけど。結局そんな家にいながら仕事なんてできず(笑)。その上司はもちろん、立ち上げメンバーの方々がものすごくパワーのある人ばかりだったので、いい意味で巻き込まれた形で、日本法人の立ち上げに関わらせてもらったという。

山﨑 へええ〜! MARIEBELLEって、いい値段するというか。コンビニとかでもチョコが買えることを考えると、高級店ですよね。

川村 高級店ですね〜。1粒500円するものをどうやって買ってもらうか。店舗には豪華なシャンデリア入れて、制服もしっかり整えて。カスタマーサービスのトレーナーをやりつつ、店舗の運営をやりつつ、マニュアルをつくりつつ。少数精鋭であっちもこっちも同時並行でやってたんですが人手が足りなくて、やったことないのに私もカフェでドリンクつくって(笑)。

山﨑 飲食あるあるのトラブルが(笑)。でも、digmeout CAFE、Apple、カルティエ、いろんなところで働いた経験が活きたんですね。

※7 MARIEBELLE
ニューヨークと京都に直営店を構えるチョコレート専門店。素材とデザインにこだわった、珠玉のチョコレートや、クッキーを展開。
https://www.mariebelle.jp

川村 そうですね。バタバタだったけど、本当にやってよかったと思います。MARIEBELLEはなんだかんだ2年くらいは在籍してて、2店舗目がオープンするくらいのタイミングで一旦区切りをつける形で離れましたね。MARIEBELLEの頃は本当に忙しくて、アクセサリーをつくる暇もなかったんです。

山﨑 また「自分で自分がいいと思ったものをつくりたい」ていう欲が湧いて辞めたんですか?

川村 いや、その時は順調に拡大していく様子を見届けられたから、一旦私の仕事は終わったかなと思えたので辞めたんです。外で働いたことで、けっこういい感じに「嫁とは……」って考えも抜けてきたので、MARIEBELLEの後はしばらくライブに行ったり展覧会に行ったり、インプットの時間を設けてました。そうこうしてるうちに友達から「大阪で大規模なマルシェを開催するからアクセサリーで出店して欲しい」って言われて、それで再開したんです。

山﨑 あ、じゃあようやくそこからいまの川村さんにつながる生活がはじまったんや。

川村 最初はだいぶラグがあったので自分の制作に戻れるか不安はあったんですけど。でも誰かに背中押してもらわないと再起動できひんなと思って。えいやで「じゃあもうやります」って。で、いろんなところで出店させてもらうなかで、ITAMI GREENJAMのメンバーともつながれて。知り合いもどんどん増えていきました。

山﨑 ITAMI GREENJAM(※8)もね、大原さん(※9)とも僕、対談させてもらったんですよ。

川村 そうですよね!いろんな人間関係が別でつながっていくのが楽しいですよね。本当にあの時、上司からの誘いがなかったら、いまこうやって自分で何かを手がけて……っていう生活はなかったんじゃないかな。

山﨑 ちなみに、旦那さんはどうだったんですか、川村さんが形骸的な嫁から脱していくさまを見るのは。

川村 最初は複雑な気持ちもあったと思います。自分はサラリーマンとして働いてるのに、嫁は好きなことしてんのかって気持ちもあったと思うし、私自身も「夫は会社勤めなのに申し訳ない」って気持ちを抱えていた。

山﨑 ほんとはね、サラリーマンっていう職業はないんですけどね。みんなそれぞれ違う仕事をやってるはずなんですけど。

川村 ねーほんと。もともと夫は音楽をやっていたんですけど、いろいろあってシステムエンジニアとして就職したんです。

山﨑 就職できるバンドマンって逆にかっこいいじゃないですか。ずっと売れずに、でもずっと燻り続けて誰かのスネをかじるとかよりは……(笑)。

川村 わはは!そうですよね。でも、売れてる同世代の話は余計に情報が入ってくるし、自分は就職してるし。嫁は外でなんやかんや楽しそうにしてるし。で、いろいろ思うところあったと思うんですけど、ヅカデンとして自分で電子工作をやりはじめて、サラリーマンとしての自分だけじゃない、一個人としてのクリエイティブを発表する場も増えてきたおかげで、あの時のモヤモヤはだいぶ消化されたんじゃないかと思ってます。

※8 ITAMI GREENJAM
2014年より兵庫県伊丹市で開催されている入場無料のローカルフェス。無料の野外フェスとしては関西最大級の規模を誇る。
https://itamigreenjam.com

※9 大原 智
ITAMI GREENJAM代表。同フェスを主催するほか、地域活性化や場づくりに携わる。本コーナーの過去対談にも登場。
https://cyclo-inc.jp/magazine/ontheroad/ontheroad0501/

山﨑 じゃあ「嫁は家におらな」ということはお互いないわけか。

川村 いまやったら絶対そんなこと思わないんですけど、あの頃は仕事で私が遅くなった時に「早くご飯つくってあげな!」って必死でしたね。いい大人やねんから、そんなんパスタのひとつでも茹でて勝手に食べといてよって話ですよ(笑)。

山﨑 まあ……でもね、寂しく思う旦那さんの気持ちも僕はわかってしまうなあ。一緒におって欲しいんですよ。

川村 そうそう思い出した、私がずっと楽しみにしてたSAKEROCK(※10)の解散ライブに東京いくって時も、前日の夜に「お腹痛い、俺体調悪いかも」とか言い出したんですよ!

山﨑 わっはっはっは(爆笑)!!!

川村 今やったら「薬飲んで寝とき!」ですけどね。当時は「私明日行かへん方がいいんかも……」って本気で心配してましたからね。もう(笑)!!

※10 SAKEROCK
2015年に解散したインストゥルメンタルバンド。リーダーの星野源を中心に2000年に結成。ジャンルに縛られない自由な音楽スタイルで人気を博した。
https://sakerock.com

個々でやりつつガッと集まる、清荒神の人たちの瞬発力

宝塚での活動のことも教えてください。

山﨑 宝塚に引っ越ししてきたのっていつなんですっけ。

川村 えっと、そうですね。2014年くらいから住んでるのかな。清荒神が活動の場所で、家は違うところにあるんですけど。

山﨑 正直、宝塚って生活のためのところっていうイメージが強いんですよね。ベッドタウンというか。川村さんが宝塚に住んでるのはそれとしても、制作活動の拠点やったら大阪の方が便利なんちゃうかなと思っちゃって。制作の場も宝塚にしてるっていうのは、なにか理由があるんですか。

川村 ここで重要になってくるのが、もうひとり仲良くしてたAppleコールセンター時代の友達なんですよ。西岡さんっていうんですけど。

山﨑 すごいなAppleコールセンター。精鋭揃いですね。

川村 西岡さんと久々に会った時に、いま何してんの〜って話になるじゃないですか。それで西岡さんが「いま宝塚住んでるなら、いい店あるから連れていくわ」って、誘ってくれたのが、当時この場所で営業してたシチニア食堂だったんですよ。で、シチニア食堂、ご飯がとにかく何食べてもおいしくて。そこでシチニア食堂を認識したんですけど、もともと関西のいろんなイベントで出店してるんですよね。

山﨑 シチニア食堂さん、フェス飯としてのクオリティが高いんですよね。

川村 そうそう。で、行くイベントで毎回会ってたら「今度ある宝塚の集まりに遊びにおいでや」って誘ってもらって。最初は地域のプレイヤーとか、クリエイターとかそういうのではなく、普通に友達として集まりに参加してたら、近隣のおもしろい人たちとどんどん数珠繋ぎで関係ができていったんです。

山﨑 それってこの、清荒神の土地がもつパワーなんですか?参道で人がものすごく通るとか。

川村 人通りが多いとか、そういうわけではないんですよね。初詣の時期なんかは参拝客で混みますけど、午後3時を過ぎると一気に閑散とする感じではあるんです。でも、人は少なくてもここで何かやってる人たちの瞬発力ってすごくて。夏の夜は暑くて誰も人が来ないから、いろんなお店をみんなで開けて夜営業してホッピングしてもらおうとか。

山﨑 思いついてからの行動が早いんですね。駅前通りは規模感がけっこうコンパクトですけど、そのコンパクトさがいいのかも。瞬発力につながっているのかもしれないですね。

川村 阪急電鉄さんもいま、駅前の場所を貸してくださったりしてて。普段は使ってない臨時切符売り場でライブさせてもらったり、マーケット出店なんかも定期的に開催したり。うちがこう、設営のお手伝いさせてもらったりもしつつ。普段は人が少ないですけど、いざ、わっとやるときは地域の人たちの熱量も高くて、お客さんもたくさん来てくださるんです。

山﨑 大阪とか京都に比べて、土地のアドバンテージが高くないところでその結果はすごいですね。

川村 清荒神がいろんな人の話題になるよりもずっと前に、シチニア食堂さんが旗を振り続けてくれたってのは大きいですね。その行動力にいろんな人が吸い寄せられてきたんですけど、みんな馴れ合うっていうのはなくて。普段は個々で活動してるけど、でも何かあればすぐみんなでものをつくれる連帯感もある。

山﨑 音楽やってる人が来ているイメージもあります。

川村 ですね。たとえばMOROHA(※11)のAFRO(※12)さんがご自身の新しいユニット「天々高々」のミュージックビデオを撮りに来てくれたり、参道のお店でウルフルズのウルフルケイスケ(※13)さんや工藤裕次郎さん(※14)がライブしてくれたり。この場所に奇妙礼太郎さん(※15)が来てくれたり。門前の小さな駅で、人も少ないけど慣れ合ってない独立性が、外からいろんな人が来てくれる理由のひとつなのかもしれません。

※11 MOROHA
2008年に高校の同級生だったAFRO(MC)とUK(Gt.)で結成したバンド。2024年にて活動休止を発表。
https://www.instagram.com/moroha_official/

※12 AFRO
MOROHAのMC。2025年からは「再就職」と銘打ちソロ活動を本格化。アルバムリリースや全国ツアーなど展開中。
https://x.com/MOROHA_AFRO

※13 ウルフルケイスケ
ウルフルズのギタリストとして、1992年デビュー。2018年2月からソロで活動中。
https://www.ulfulkeisuke.com

※14 工藤裕次郎
宮崎県出身のシンガーソングライター。日常の風景やユーモア、寂しさを滲ませる独特の歌詞世界と、のびやかな歌声が魅力。
https://ozounirecords.com

※15 奇妙礼太郎
1998年より音楽活動開始し、複数のバンドを活動経てソロアーティストとして活動。 ボーカリストとして、多数のCM歌唱なども担当。
https://kimyoreitaro.com

自分には夢も希望もない、目の前の興味があるものを拾ってきただけ

川村さんに憧れを持つ地域の若手も多そうですね。

川村 たまに聞かれるんですよね「どうやったら川村さんみたいになれるんですか?」って。で、いつも「いや、もう私みたいなのは絶対に真似しない方がいいと思います」って答えてるんですよね。私も夫も、けっこう波乱万丈な家庭に育ったっていうバックボーンがあるので、それはさすがに誰も真似しようがないし。そもそも、たまたまのラッキーが重なって、いまこうなっているってだけで……。

山﨑 大谷翔平ぐらい、目標が明確でそれに向かって積み重ねていったなら話は別やけど、っていう。

川村 そうなんですよ。まっすぐ目標に向かって走って、それで望んだものを掴む人生はむっちゃくちゃかっこいいと思うんです。でも私は真逆オブ真逆な生き方しかしてないんですよね。

山﨑 でも、別に川村さんは「私の人生はこんなはずじゃなかった」ってボヤくようなことはしないじゃないですか。望んだものを掴んでなくても、やりたかった仕事や、やってよかったと思うような仕事をしてはると思うんですけど。

川村 う〜ん、それは、確かにそうですね。

山﨑 真逆オブ真逆って言いますけど、どっかで狙った事柄みたいなものはあるんじゃないんですか?

川村 それはね、ないんですよね〜。私、これもいつも言うとびっくりされるんですけど、夢も希望もないんですよ。

山﨑 夢も希望も(笑)!?

川村 将来こうなりたいとか、ここに着地するためには今こうすべきで……っていうのが全く見えない人で。しかも、長期的な目線だけじゃなくて短期的なそれもないんです。「1年後にはまさかこんなことしてることになるとは」って思うことばっかりなんですよ。43歳の歳で、なんて将来性がないのかと(笑)。

山﨑 夢も希望もないって言い方はけっこう衝撃的ですけど(笑)。でも、それが川村さんがいろんなことを同時並行でやってることにつながるんですかね。

川村 そうかもしれないです。昔から目標とかはないけど、興味や関心にはけっこう敏感で忠実だったと思います。地元の淡路島で通ってたのは割と進学校で校則も厳しくて、それこそ「芸大に行きたい」なんて猛反対されるようなところだった。でもデザインに興味が湧いて芸術系に進学もしましたし。

山﨑 うんうん。

川村 アルバイトも、進学も、転職なんかも全部自分で決めてきた自覚はあるんですけど、どの方向に興味があるとか、どうするのがおもしろそうとか、やりたいって思えるか。そういう直感が全てでしたね。だから目の前に興味や関心を引くものが転がってきたら、後先考えずにやるっていうか。直感に素直に従ってきたら、いまこうなっただけなんです。

アイデアは雑談から生まれるから、フットワーク軽く実現させるようにする

川村さんが「あれやりたい」と思える直感はどういうところで生まれるんですか。

川村 私、雑談も大事にしてるんです。あ、なんなら大体のおもしろいアイデアは雑談から生まれると思っていて。

山﨑 うんうんうん。わかります。

川村 たとえば、まだ自分でイベントを開催したことがなかったときに、好きなアーティストさんの話をシチニア食堂でしてたんですよ。そしたら、神戸の塩屋から来てたお客さんと盛り上がって。好きなものが重複してたのもあって会話が弾むうちに「塩屋でイベントやりたいね」ってなって。で、「塩屋やったら旧グッゲンハイム邸(※16)が使えるんちゃう?」「空いてる日あるかな?」って雑談が進んで、本当にイベントを開催したりして。

山﨑 雑談でめっちゃおもしろいアイデアが降りてくることはありますけど、実現するまでになかなか至らないじゃないですか。雑談は雑談のまま終わってしまって。実現させる川村さんはなにが違うんやろ。

川村 それでいうと、めっちゃフットワークが軽いんですよ私。誰よりも先に行動するかもしれないです。イベントでのアーティストブッキングでも、雑談のなかで「あのバンドいいな」って話になったら、その場でLINEしたり、電話したりするんです。「あ、いいやん!」って思った直感がもう、自分に電話をさせてるんですよね。

※16 旧グッゲンハイム邸
明治末期に建てられた海辺の洋館。現在は多目的スペースとして、ライブ、結婚式など、地域の文化活動が交差する拠点となっている。
https://nedogu.com

山﨑 は〜、すごいな。

川村 で、そういう場合って大体タイミングが合うんですよね。電話もつながるし、ブッキングもできることが多いです。

山﨑 さっきの「夢はない」って話にもつながりますけど、「未来に向かって」というよりは「この瞬間!」の繰り返しってことですか。それを拾ってたら……っていう。

川村 それはまさにそうなんですけど、逆の直感もあって、行きたくないとこに自然と行ってないんやと思います。最近はありがたいことに週末はけっこう予定がすでに入っちゃってるんで、そもそも行けないことが多いんですけど。

山﨑 その勘の良さはどこで培われたんやろう……。ただ、直感に対する信頼感ももちながら、けっこう柔軟じゃないですか。それこそライブとかフェスって想定外のことが必ず起こりますし。

川村 その点においては、私、決めすぎないんですよ。必要な打ち合わせはもちろんしますし、方向性の確認は絶対にするんですけど、めちゃくちゃ細かいことはもう決めない。細かいことはあとから絶対変わるので。目の前のことをまずやっていってたら、最終的に帳尻合うよねっていうのが経験でわかっているので。「ここの部分は余白としてどうとでも対応できるようにしといた方がいいよね」って。

山﨑 あ、そこは経験なんですね。直感を頼りにしてきた経験ってことか。

川村 そうですね。そういう意味では直感って言いつつ経験かもしれないです。直感で動いてるんですけど、意外とその直感で動いてきたなかで蓄積されたものがあるのかも。

山﨑 自分の方向性を選ぶためのセンサーやルールが、「直感です!」って言いつつも経験に基づく理由づけがきっちりちゃんとできてるから、川村さんは進むべき道をちゃんと選べてるんですね。

川村 わー、山﨑さんすごい!カウンセラーみたい!腑に落ちていますっごい嬉しいです。

山﨑 ありがとうございます。川村さん、あなたは間違ってないよ。カウンセリング代は5000円でどうでしょう(笑)。

川村 (笑)。

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Interview & Text by ヒラヤマヤスコ
Photography by 福家信哉

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