#02 「クラフトビール≠地ビール」? 京都で昔ながらの商いをする精神性とビールづくりのあり方
2023.11.20
PROFILE
辻本大和 氏
ウッドミルブルワリー・京都 代表/醸造責任者
京都府京都市出身。京友禅染着物加工業を営む家に生まれ、父親の急逝により三代目として事業を継承するも時代の流れを受けてのちに廃業。「地元に根づいた商いをしたい」という想いからビールの道へ。壽酒造株式会社にて清酒の仕込みや地ビールの醸造・運営を学び、2018年3月に「WOODMILL BREWERY.KYOTO」の醸造を開始。料理と調和し、引き立てあう「食事と楽しむビール」をコンセプトに、地元密着型のビール造りをおこなっている。ジョギングを続けており、2300日以上、京都の街を毎日走り続けている。自称「全宇宙一走っている醸造家」
HP : WOODMILL BREWERY.KYOTO
山﨑 昌宣
株式会社シクロ代表取締役 / シクロホールディングス株式会社会長
Derailleur Brew Works代表
大阪府大阪市出身2008年大阪市内で介護医療サービスの会社「株式会社シクロ」を発足。2018年からは趣味が高じてクラフトビール「Derailleur Brew Works」の醸造を開始する。自転車競技の実業団にも所属するロードバイク好き。異業種の出会いこそが自らが強く&面白くなれる道と信じていて、人との繋がりを大事にしている。口癖はネクストとステイチューン。
HP : Derailleur Brew Works
日本酒の蔵でビール造りを学んだから活きているもの
日本酒づくりの現場出身のビール醸造家って、けっこう珍しいのではないですか。
山﨑 辻本さんはご自身でお酒をつくるって決めた時に、最初からビールだったんですか。日本酒も選択肢としてあったり……?
辻本 あー、それはなかったですね。まず日本酒の醸造は新規で免許が取れないですし。それに僕は超文系で、日本酒づくりは理系じゃないと難しいなって。
山﨑 なるほど。
辻本 ビールはまだ日本酒と比べたら製造にチャレンジしやすいので。國乃長では新しい銘柄の試験醸造をさせてもらったこともありますね。「いずれは京都で独立をしたい」って伝えて、トータルで3年勤めさせてもらいました。でも、ビールの勉強させたると言われていたのに、携わっていたのは日本酒造りがメインで他にはネットショップの運営担当になったり……。ビールの造り方、あんまり教えてもらってないです(笑)
山﨑 ビール醸造の部署を持っている日本酒の酒蔵ってけっこうありますけど、ビールと日本酒、お互いの部署の仕事を横断することはあるんですか?
辻本 國乃長はどの部署も横断します。まずは日本酒造りありきで、他の業務を行うという感じ。私はビールメインのはずが、日本酒の船頭といわれる搾り担当やら、麹担当とかやっていました。ビールの造り方、日本酒をメインでやってる人がビールの瓶詰めをすることもあるし、ビールの部署の人が日本酒のタンクを洗浄することもある。さすがに仕込みに加わるのは専門領域の方ですけど。
山﨑 へー、そうなんですね。
辻本 なんなら当時、ビール造りを学びに僕が國乃長に入った時も「酒やるんやったら(ビール造りを)教える」って言われましたね。やっぱり日本酒の醸造って冬の時期に一気に忙しくなるので、日本酒造りをサポートできなきゃだめで。
山﨑 なるほど。でもいま、話を聞きながら思いましたけど、ビールづくりと日本酒の二毛作って、じつは事業として持ってこいなんじゃないですか?日本酒の製造って冬場に集中するものなので。
辻本 いや〜、それがそうでもないんですよ。日本酒は冬場だけですけど、ビールは年中つくるじゃないですか。
山﨑 僕たちDerailleur Brew Worksって、繁忙期と閑散期がけっこうはっきりしてるんです。常にビールはつくってるんですけど。11月以降は落ち着くんですよね。だから、ちょっと今年は醸造チームの人たちに、まとまって冬休みをとってもらおうと思ってたんですけど。そんなことなかったですか。
辻本 國乃長にこれといった閑散期はなかったですね。WOODMILL BREWERY.KYOTOもそうかも。年末にはお歳暮の需要がありますし。1月2月はちょっと落ち着くとはいえ、3月以降の需要増加に向けてつくりためないといけなくて。
山﨑 そうか。年々、暖かくなるスピードも早いし、ビールのイベントも増えてますしね。
辻本 それによく言われる「夏場はビールつくったらええやん」をやると、蔵人や杜氏さんは休みがなくなるんですよね(笑)。
山﨑 そうか、確かに(笑)。
辻本 昔の杜氏さんや蔵人は季節労働者が多くて、酒造りが終わったら実家に帰って米づくりをして、農閑期に酒蔵で働くっていうやり方でしたけど。
山﨑 ビールづくりって醸造のサイクルが早いですもんね。確かに、農閑期に短いサイクルでビールつくらなあかんかったら、そりゃ休む暇がないか。
辻本 冬場の日本酒の仕込み最盛期はすごかったですよ。朝の6時くらいからビール仕込みが始まるんですけど、麦芽を糖化させているあいだに麹の世話しにいって。
山﨑 あっはっは!忙しい!
辻本 ビールづくりと日本酒づくりの工程をパズルみたいに組み合わせて1日のスケジュールを組んでましたね。ビールを濾過してるあいだに日本酒の方に行って「あ〜、もう時間やし戻るわ!」ってまたビールに戻ってきて。並行複発酵ならぬ、並行複醸造って言ってました。
山﨑 これは教えてもらわないとわからんことでした〜。ちなみに、日本酒の蔵で働いていたからこそ、辻本さんのビールづくりに活きているところってありますか?
辻本 ビール醸造をやってる人間のなかでは、かなり特殊な経験をしてると思いますね。酒づくりの入口が日本酒からだったので、アプローチの仕方は他と違うかなって。洗浄の方法とか、分析の方法とか。
山﨑 洗浄、大事ですよね。阿久澤武さん(※1)なんかも、「クリーンネスであること」を徹底して教えてくれてるし、月1で一騎釀造(※2)にうちの若手に教えに来てもらってるんですけど、洗浄に関しては本当に厳しく言われますね。クリーンネスであったらば、真っ当な造りしてたら最低でも80点のビールは絶対につくれるってどの人もおっしゃる。
辻本 特に日本酒の、大吟醸をつくる時期は、緊張感で心がすり切れるんですよ。お米を削るところ、洗米の具合、どの工程においても「なぜそれをするのか」っていう追求があって、独特のプレッシャー感があった。あれを経験できたっていうのは、いまのビールづくりに活きてるんじゃないかなと思いますね。
山﨑 なるほど〜。そりゃ醸造1年目からめっちゃ売れるビールがつくれるのも納得しました。
辻本 いやいやいや(笑)。
※1 阿久澤武さん
醸造家としてのブランドネーム「一騎[いっき]醸造」を掲げ、さまざまな醸造所でビールをつくるブルワー。
※2 一騎釀造
伊豆玄関口 静岡県三島市を拠点に活動する浪人ブルワーによる実体なきジプシーブルワリー。
WOODMILL BREWERY.KYOTOはクラフトビールではなく、地ビール
WOODMILL BREWERY.KYOTOは京都でどういうことテーマにされてるんでしょうか。
山﨑 さっき「事業をやるなら地元の京都で……」っておっしゃってましたけど、それって「京都のクラフトビール」っていう、ブランディング的な意味合いですか。もうちょっと掘り下げてもいいですか?
辻本 ブランディングうんぬんではなく、僕自身が京都で生まれ育って、京都に根ざした商売をやってる家に生まれ、京都の土地でお世話になってきたっていうのが大きいですね。
山﨑 着物関係のお仕事を代々していたんですっけ。
辻本 そうですね、祖父の代から京友禅の染めに関わる事業をしていて。もともと僕は後を継ぐ予定はなかったんですけど、僕が大学4回生のときに父が病気になって。急遽、僕が会社に入ることになったんです。
山﨑 着物関係、僕も詳しいことはわからないんですけど、京友禅の産業って当時から下火だったのでは……。
辻本 いやあ、本当に火の車でした(笑)。何もわからないまま会社を継いだのもありますけど、経営はかなり傾いていた。実際、継いでからしばらく経って事業を廃業することにはなったんですけど、父が亡くなる前に、病床で「息子が跡継ぐって!」っておじさんが勝手に呼びかけていて。僕は心の中で「そんなこと言うてへん!」って叫んでいたけど、父にとっては安心できたかもしれませんね。
山﨑 そうでしたか……。
辻本 着物の事業は僕が断ち切ってしまったわけですけど、京都に住まう近所の人たちが相互に助け合って成り立ってきた商いの方法というか、京都らしい商売の精神性は途絶えさせたくないとは思っていたんです。
山﨑 京都らしい商売の精神性ですか。
辻本 今でも「あんたのお爺さんには世話になったからな」って、お客さんもよお来はるんです。そうやって、地元の人たちと繋がりを持って、京都で商いをしたいっていうのが第一にあって。いろんな人がきっかけを与えてくれて、それがビール醸造になった感じですね。僕の場合は。
山﨑 西陣に近いこの場所に醸造所を持ったのも、そういう思いがあってのことですか。
辻本 自分が住んでた場所、祖父の代から事業を営んでたエリアでやりたいっていうのがあったので「市内ならどこでもOK」ってことはなかったですね。そしたら本当にたまたま、ここの物件が空いたんですよ。僕が醸造所を立ち上げる前は、某大学の倉庫だったんですけど、元を辿れば西陣織のネクタイ工場だったらしくて。
山﨑 へええ!
辻本 染めと織りは違うものの、京都らしい商いをやってきた場として、ここでやるしかないなって。
山﨑 もちろん西成で、介護や福祉に関わる仕事をしている僕らがつくるからDerailleur Brew Worksはあるとは思いつつ、辻本さんが言うような「この場所でないとあかん」っていうのは、僕らの場合そこまで濃くはないのかもしれない。
辻本 あ、なので、もちろんクラフトビールを否定するつもりはないんですけど、「WOODMILL BREWERY.KYOTOはクラフトビール」だとは思っていなくて。あくまで僕は「地ビール」を標榜しています。
山﨑 ほうほう。
辻本 「個性ある味わいのビールをつくりたい」とか「おいしいビールをつくりたい」って思いがあって、そこにいろんな原料や醸造法を乗せてつくり上げるのがクラフトビールだと思うんですけど、僕はそれよりも「地元への思い」を持ってつくっているっていうのが大きい。
山﨑 もちろん、クラフトビールも地ビールも重なる部分はありつつですよね。なるほど、面白いなあ〜、その考え。
辻本 あくまで僕はそう思ってビールをつくってるって話なんですけどね。
山﨑 めっちゃいいこと聞いてます僕。「京都の土地にあるビール」を大事にされてるのは前提ですけど、辻本さんのつくるビール、めっちゃおいしいじゃないですか。味に関してはどういう狙いがあるんですか?
辻本 クラフトビールって、単体で飲んでもキャラが立っていたり、むしろ単体で飲むことを前提とした銘柄も多いですけど、WOODMILL BREWERY.KYOTOのビールは食中に飲んでおいしいビールを意識してますね。
山﨑 ほうほう。
辻本 京都って、小さな商いがお互いに支えあって文化がつくられてきたんですよね。なので、僕のビールを置いてくださっている飲食店のことも考えています。料理を邪魔せず、お互いの魅力を引き立てあえるような味といいますか。
山﨑 なるほど……!
辻本 「うちの地元にはこんなんあるねん」って自慢したくなるようなものをつくりたいですし、原材料でも、企業文化でもなにかしらその土地と融合したものをつくりたいですね。あ、あとは目の届く範囲で。
山﨑 目の届く範囲?
辻本 クラフトビールって、工場の拡張とかに力を入れられてるところってたくさんあると思うんです。
山﨑 僕のところもそうですね。
辻本 あ、それがダメって話では全然ないですよ。ただ僕の場合は「京都らしい商いのやり方で地ビールをつくる」を重要視してきたので、この場所で、自分の目の届く範囲で、細く長くつくり続けられるってことを大事にしているんですよね。なので今後、たくさん売れて醸造が追いつかなくなっても、拡張はしないですね。
山﨑 僕たちがつくってるビールと全然違う目線といいますか、めっちゃ勉強になります……。
互いの領域で互いを支え合う、京都らしい商いでビールを売る
目の届く範囲で小さな商いをするという点では、辻本さんがご自身で売られることが多いですか?
山﨑 あれ、辻本さんのところって直販店もってましたっけ。
辻本 もちろんここで買えはするんですけど、直取引はあんまりしないです。極力、酒屋さんを通してもらうようにしてます。事業の立ち上げ前からお世話になってる酒屋さんがいまメインで取り扱ってもらってるんですけど、お客さんにはなるべくそこで買ってもらってます。
山﨑 えー!そうなんですか。酒屋を通しちゃうと儲けが少なくなりませんか。
辻本 まあ儲けは少なくなりますけど、そこはお互いの商売で、お互いの領域で支え合うというか。同じ京都で商いをする身として。
山﨑 うわーっ、僕にはその発想、ぜんぜん出ない。そんなん考えたことなかった。僕たちはいかに直でやっていくかが大事で。つくったビールの半分は直営店で出したいんですよ。自分達の商品の魅力を一番伝えられるのは、自分達が一番だって思いもあって。
辻本 その考えもすごくわかりますよ。そこはやっぱり、着物の業界にいた時のセオリーが受け継がれてると思います。当然、直販の方が儲かりますし。
山﨑 うんうん。
辻本 直販のほうが利益率もいいですけど、でも、やっぱり……同じ京都の企業さん同士で一緒に助け合っていく方法を僕は取ってますね。信頼できる酒屋さんが、売ってくれるなら、こっちはつくる方に専念できますし。
山﨑 すごい、すごいです。
辻本 まあ、古い商売のやり方してるだけですよ(笑)。
山﨑 いやいや、京都のその商売の方法って、一見すると閉鎖的なシステムかもしれんけど、実はものすごいエコシステムですよね。職人が職人であるために、職人が商いを続けていくために選択した循環の仕組みというか。辻本さんの話を聞いていて、うわーってなってます。勉強になる、ほんまに。
辻本 まあ、こういうビールのつくり方があるっていうのも面白いじゃないですか。
山﨑 今後、どうしていきたいとかってあるんですか。ずっとおひとりで、自分の目が届く範囲で……って感じですか?
辻本 任せられる人がいたら任せたいですし、むしろ自由にやってほしいですね。正直、僕ももう50歳ですから、 ぼちぼち嫁さんから「終活考えや」って言われてますし(笑)。
山﨑 (笑)。
辻本 何もかも全部自分でやりたいってわけではないですしね。ただ、任せるにしてもWOODMILL BREWERY.KYOTOが選択している商売の方針を理解して、そのうえで自由にやってほしいとは思います。
山﨑 今後も僕は西成でクラフトビールをつくっていきますけど、周囲の商売と肩を組んでやるとか、京都らしい商売の仕方を知れて、本当に勉強になりました。そんな考え方があったんか……!って。感動しました。
辻本 ありがとうございます。こんな話でよかったかなあ。
WOODMILL BREWERY.KYOTO【ウッドミルブルワリー・京都】
〒602-0065 京都府京都市上京区上立売通小川東入上る挽木町528
「京都人がつくる、京都の地ビール」
京都で生まれ育った醸造責任者が2018年3月からビール醸造を始めた小さなブルワリー。
コンセプトは「食事と楽しむビール」
ビールだけが個性を主張するのではなく同じテーブルにならぶ料理と調和し、引き立てあい、食事のひとときを豊かにするビールづくりを目指しています。毎週土曜・日曜日は醸造所の一部スペースを開放、樽生ビールが飲めるタップルームを営業。
営業時間
11:00~17:00 (第1土曜・日曜日、祝日は定休日)
INSTARGRAM
@woodmillbrewery.kyoto
Interview & Text by ヒラヤマヤスコ
Photography by 福家信哉