#02 オープンだからこそお客さんとの距離感が大事。京都・修学院「ba hütte.」の店主が考えていること

自分を知らない土地にいくことが、いま自分にとって必要なこと

山﨑　自分が立ってるわけではないとはいえ僕もお店を経営しているんで思うんですが、お店って基本的にアウトプットの場だなと思うんですよね。たとえば料理人やと、他のお店に食べにいったり産地に行ったりしてインプットすると思うんですけど。

清野　うんうん。

山﨑　清野さんの場合、本屋でもあり、雑貨屋でもあり、飲み屋でもあるじゃないですか。インプットってどういうことをされてるんですか。

清野　「インプットしてる！」ってわざわざ考えてやってることではないですけど、ひとりで旅行によく行くようになりましたね。なんやったら、今日の営業終わりに夜行バスに乗って別府温泉に行くんですよ。

山﨑　大分！

清野　温泉行きたいなあって思って、最初は有馬にしようか、城崎もええなあ〜なんて考えてたんですけど、せっかくなら遠くの行ったことのない温泉地に行こうかなって。それで、別府です。店を立ち上げたばかりの時は、1週間も休めないじゃないですか。その勇気もなかったんで。いまはありがたくお客さんもついているし、親も元気でいてくれて、ちょっと休む体力がお店にも私にもでてきたかなと。

山﨑　他やとどこに行かれたことあるんですか？

清野　1ヶ月前はサパに1週間くらい行ってました。ベトナムの、中国との国境に近い山の町なんですけど。

山﨑　へえ〜！海外も！それって雑貨の買い付けとかが目的ですか？

清野　別にそういうつもりで行ったわけではないんです。ただ、いいものがめっちゃあったんで、結局買い付けも兼ねちゃいましたね。山間に住む少数民族のお母さんたちが、ものすごく上手に刺繍をするんですよ。もう全部売れてしまって現物がないのであれなんですが、幾何学模様のクロスステッチと言ったらいいのかな。

山﨑　うんうん。

清野　私はまったく英語ができないし、たぶん向こうのお母さんたちも方言があるんですよね。身振り手振りとスマホで数字を見せながら、値段交渉して。

山﨑　旅先でひとりでゆっくりしたり、向こうの人とコミュニケーション取るのが大事ってことですかね。

清野　住んでる方もよく言わはると思うんですけど京都ってね、いい意味でも悪い意味でもほんと狭いじゃないですか。仲良くさせていただく方も増えるし、気の合う方と過ごすのは楽しいし、すごく……なんて言うんですかね。「よくされすぎてる」というか。

山﨑　「よくされすぎてる」？

清野　京都にいるとじゅうぶん満たされるんですよね。たとえば、今日は外でご飯食べようと思ったら、おいしい料理をつくってくれて、気心知れた友達のところに行きたいし。会いたい友達も多いし。京都の街や京都に住む人たちが、私によくしてくれているのは身に染みてわかるんです。

山﨑　清野さんご自身も、ここにくる人たちには「よくしよう」とか、いい時間を提供しようとか、そういうことを考えてはりますもんね。店構えみてるときっとね。

清野　ありがとうございます。で、京都にいると充実するんですけど、行ったことのない場所ではじめての体験をしてみるとか、よくしてもらえるか否かはわからないけど、未知の土地に自分が飛び込んでいくとか、そういうのがいま、私のなかでどうやら必要みたいなんです。

山﨑　その両輪でもってバランスとってるってころですか。

清野　もともと旅好きとか、旅行に行かないと耐えられないってタイプではなかったんですけど、この1〜2年では……そうですね。自分のことを知らない土地でひとりで過ごすってことを大事にしてます。まだ行ったことがない土地の地図を、ひとつずつ塗りつぶしてる感覚ですね。

横のつながりが強い土地だからこそ、お客さんと距離を一定に保つ心地よさがある

山﨑　京都といえば「左京区カルチャー」なんて言葉もありますが、他のエリアとは違うキャラクターがありますよね。「ba hütte.」はそのあたり意識してはいるんですか？

清野　たしかに左京区のなかにお店があるんですけど「あんまり左京区左京区しない」っていうか……。左京区のカラーがつきすぎないように意識はしてますね。左京区ってすごく素敵なお店もたくさんあるのでそこは魅力なんですけど、あまりに地域性が強くなってしまうと、それこそ左京区以外の人たちが来づらくなるイメージもあって。

山﨑　排他的になっちゃうってことなんですかね。

清野　よそのお店が排他的にしようって思っているとは決して思わないですよ！結果的に「左京区カルチャー」みたいな言葉が生まれたのはいろんな理由がきっとあるんですけど、利便性が高いっていうのもあるんですよね。買い物に行くにも、飲みに行くにも、ご飯食べるにも、左京区のなかで生活がまかなえるので。

山﨑　確かに、めっちゃ個性的なお店が集まる場所もあるし、ショッピングモールもあるし。

清野　横のつながりが強い土地だからこそ、あんまりぎゅっとしたコミュニティにならないようにはしてます。お客さんに対しても、友人に対しても、交友の幅をどんだけ広くしていこうかなっていう感じの作業を意識的にしてますね。

山﨑　あ、それが旅行に行くってことなんですか？

清野　それはあると思います。いろんな知らないところに行ったり、逆に家で誰とも会わずに引きこもったりするなかで、自分の塩梅みたいなんを確認してるのかも。でもいろいろ行って帰ってきたら京都ええな、左京区ええなって再認識もするんですよね。

山﨑　うんうん。

清野　私はめちゃめちゃビビりな一面もあるし、人間関係についても、いろんなことがなあなあになってしまうと、それこそ身内のノリになってしまうので、線引きは私にとっては必要かなと。なので、お客さんと仕事終わりは飲みに行かないようにしてますね。もっといえば、仕事中お酒は基本的にいただかないんです。

山﨑　へええ〜！

清野　誰かお客さんが誕生日で、一緒に乾杯する……っていうようなことはありますし、友人からごくたまに1杯いただいたりはしますけど。お客さんとの距離は近すぎないようにしてますね。プライベートで飲むお酒のおいしさを維持したいがために、仕事中飲まないっていうのもありますね。

山﨑　変なお客さんが来ないように建物、本や雑貨が守ってくれているって言うてはりましたけど、そこに清野さんのお客さんとの距離の取り方も影響してるんでしょうね。

清野　そうかもしれませんね。ここのお店終わり、顔馴染みのお客さん同士でどっか飲みに行こうって話になっても、私が行かないのは暗黙の了解になってきてる。でも、飲みに行かなくても別にお客さんとの関係が悪化することもないので。この距離感は、私はすごく大事で、これは守って行きたいなって。

歳を重ねてできないことが多くなっても、大事にしたいものをいかに残すか

山﨑　僕、いま48歳なんですよ。年齢を重ねるごとに物理的な時間も限られてきてるのもあるんでしょうけど、やりたいことっていうのが少なくなってきたなあって感じていて。

清野　うんうん。

山﨑　だいたい世の中の小さな商売ってそうだと思いますけど、自分のパーソナリティを売ってる方が多いじゃないですか。僕らがやってるクラフトビールも。ブランド構築とか、お店の雰囲気なんかは個人のキャラクターがだいぶ影響している。そのキャラクターだったり、店主の嗜好に共感してお客さんがきてくれるなかで、やりたいことが少なくなってきたっていうのは、僕個人が今度どうしていくのがええんかなあってふと考えることもあるんですよね。

清野　ええ。

山﨑　もし、清野さんが今後歳を重ねていくとして、なにかを諦めざるをえなくなった時って何を諦めますか。もしくは何を補っていきますか。

清野　そうですねえ……いま40を越えたところですけど、今後のことを意識し始めている部分はありますね。海外旅行なんかは真っ先にできなくなってくるだろうと。私も旦那も映画鑑賞が大好きなんで、どこかに出掛けられなくなっても、映画を観ながらぼーっとできるものは絶対に残しておきたいとは思っています。

山﨑　本、雑貨、お酒。お店のいまある3要素のなかではどうですか？

清野　本はまあ、よっぽど目が見えなくなるまではできると思いますね。お酒はもしかしたらなくなっても大丈夫かも。

山﨑　飲まなくてもいいって感じですか。

清野　きっと、お酒というよりも酒場を介して一緒に過ごしてる人との時間の方がどちらかというと大事なんですよね。「お酒もらわなくてよう平気やね」って言われるけど、お酒欲しいと思ったことが1回もないんですよ。なんか、私、鬼のように毎日飲んでる人みたいなイメージに若干なってるんですけど（笑）。

山﨑　酒豪のイメージはありましたね正直（笑）。

清野　友人にお店に誘ってもらって、そこで友達と飲んでるお酒はめっちゃ楽しいです。でも、会いたい人に会えているっていうことが1番大事なのかも。結局いつか、ひとりになるじゃないですか。

山﨑　ひとりですか。

清野　うん。うちは子どもはいないですし、まあ、死ぬタイミングまではわからないですけど、旦那は年齢が私よりも上なので。旦那にもし先立たれてひとりになった時に、やりたいことがないっていうのはすごく悲しいなと思うんですよ。その時、お酒が飲める飲めないではなくて仲間がいてくれたり、自分だけでも豊かだと思えるものを持っていたりするのが大切なことなんやろなって。欲求は少なくなっても、欲求を持っている自分でありたいですね。

山﨑　そうか、別に変わっていくこととか変えざるを得ないことは出てきますもんね。じゃあ「ba hütte.」以外に今後お店をつくるとしたら、どんなんやってみたいとかはありますか。誰かにどちらかを任せるとか。

清野　え〜そうですね……。もしやるなら「ba hütte.」とは全然違うお店になるんだと思います。ただ、うち子どもいないって話ましたけど、「ba hütte.」は自分の子どもを産んだくらいの気持ちなんですよね。銀行の融資とかも含めて、苦しいことがめっちゃあったし、ここをゼロから育ててきたものすごく大事な場所なので。何かやるってなっても、ここを見捨てるつもりはないし、ここに来るお客さんを一生大事にしたいって思ってるので、なにか別の店舗をやるにしても、私が立つって前提にはなるのかな。

機嫌を損ねながら営業するくらいなら休んだ方がいい

山﨑　それも気になってたんですよね。もちろん本屋での研鑽がいきてるんでしょうけど、めっちゃ明るい面とそうではない面もある、清野さんのキャラはどこで形成されたんやろうかって。

清野　もちろん雇われてですけど、22歳の時に本屋の店長として働かせてもらったんですよね。好きな本に囲まれるだけじゃなくて、ブックカフェの立ち上げなんかにも関わっていろんな経験をさせてもらいました。そこで、何が結局1番大変で、かつ1番大事かって人間関係やなって思ったんですよね。

山﨑　ほうほう。

清野　私、すごく人を好きになっちゃうんですよ。

山﨑　わ、なんですか。思いもよらない答えでドキッとしちゃいますね。

清野　（笑）。つまるところ、人を好きになりやすいってことは、個々人への思い入れもすごく入っちゃうんです。もちろん褒めるばかりではいけないし、これも言わなきゃとか、あれもやらなきゃっていうこと、私も評価されないといけないし……みたいな、いろんな感情が入り交じって。スタッフたちとぶつかり合うことがありました。厳しい言葉を言ってしまったり、傷つけて泣かせてしまったりも。私自身、明るい面もあればすごく怖がりな面もあるので、たくさんのスタッフとぶつからないといけなかったのはしんどいことも多くて。

山﨑　うんうん。

清野　でも、そのなかで築き上げた人間関係づくりが……。うん。あれはもう、私のなかで全力でやりきった出来事でした。キャラの形成っていうなら、あの店長時代の、いろんな感情とともに人と対峙した時間がかなり影響してるかな。

山﨑　清野さんは独立されましたけど、その後当時のスタッフとはいまでも関係があるんですか？

清野　ありますあります！本当に嬉しい話です。当時アルバイトだった子たちが店長になっていたり、独立していたりそれぞれの道に進んでいて、関西からは離れた子が、京都に帰ってきたら必ず「ba hütte.」に寄ってくれるってこともある。20年のあいだに出会って、本気で向き合ってきた子たちがいま家族や親戚みたいに大事な存在になっているんですよ。

山﨑　いい話や〜！何年も関係が続くのは、当時の清野さんが全力で向き合ってきたからなんでしょうね。いまはチームで動くってことは少ないでしょうけど、勤務時代の経験がひとりでお店を切り盛りするいまでも役立ってることってどんなんがありますか？

清野　これはね、機嫌悪いなか営業するくらいなら仕事休んだ方がいいってことです。

山﨑　ほう！

清野　私、高校生の頃から、家庭の事情でめっちゃバイトしてたんですよ。自分で稼がないと学校も行かれへんくて。雇われていろんなところで働くと、店長の機嫌がいかに大事かってのがわかるんですよね。機嫌悪いと最悪です。一生懸命おだてて、店の空気をよくして…ってことを業務しながらやるんですよ。それがめっちゃ嫌で「自分がお店を任せられる立場になったら、絶対に自分の機嫌は自分で取る人になろう」って思ったんですよね。

山﨑　高校生の時にその気づきをしてたんですか。

清野　本屋長いことやっててアレですけど、正直、本よりもお互いが心地よく同じ会社・同じ店舗で働けてるかってのほうが大事ですね。品揃えうんぬんより、スタッフたちの空気感で「いいお店」ってつくられると思うんで。いまは私ひとりですけど、私が楽しく元気に喋れる日じゃないとあかんなって。機嫌悪く仕事するくらいやったら閉めたほうがいいんです。「今日テンション低いな」って思われながら、お客さんに同じお金をもらうわけにはいかないじゃないですか。

山﨑　すごいなあ。清野さんってめっちゃ人間ができてはるなあ〜。なんか、人間関係で失敗したこととかないんですか。

清野　ありますよ（笑）、そんなんめっちゃあります！めっちゃあるから、そう思えるんですよ〜！

Interview & Text by ヒラヤマヤスコ
Photography by 福家信哉