#01 オープンだからこそお客さんとの距離感が大事。京都・修学院「ba hütte.」の店主が考えていること
2025.06.19
シクロ代表取締役の山﨑と、いろいろな分野で活躍している、山﨑が話してみたい人を呼んで対談するシリーズ。今回の対談相手は、京都市左京区の北エリア、修学院駅近くで古本・雑貨の販売と立ち飲みスペースを兼ね備えたショップ「ba hütte.」を営む清野郁美さん。「ba hütte.」のユニークな建築は注目を集めるだけでなく、近隣に住む人から府外の人までさまざまな客が訪れる人気店となっている。他に類似のない独特なお店ができた背景や、ひとりで切り盛りする清野さんが店主として大切にしていることなどを、昼下がりの午後、一杯飲みながらうかがいました。
清野 郁美 氏
「ba hütte.」店主
京都府京都市出身。ブックカフェを備えた京都マルイでの書店員・店長勤務、ワインの販売やハンカチ専門店での勤務を経て、2019年に「ba hütte.」をオープン。木村松本建築設計事務所によるユニークな建築は、その年のグッドデザイン賞を受賞した。閑静な修学院の住宅街のなかで、本・雑貨・酒場の3要素を兼ね備えた独自の場所として、近隣住民だけではなく遠方からの来客も多数。
HP : ba hütte.
山﨑 昌宣
株式会社シクロ代表取締役 / シクロホールディングス株式会社会長
Derailleur Brew Works代表
大阪府大阪市出身2008年大阪市内で介護医療サービスの会社「株式会社シクロ」を発足。2018年からは趣味が高じてクラフトビール「Derailleur Brew Works」の醸造を開始する。自転車競技の実業団にも所属するロードバイク好き。異業種の出会いこそが自らが強く&面白くなれる道と信じていて、人との繋がりを大事にしている。口癖はネクストとステイチューン。
本屋か雑貨屋か酒屋かは、来てくれるお客さんがどう思うか次第
今回「ba hütte.」の清野さんにオファーされたきっかけはなんでしょうか?

山﨑 「ba hütte.」って、他に似たお店がないなあって思うんですよね。本屋といえばそうやし、雑貨屋といえばそうやし、でも飲み屋でもあるし。しかも、建物もものすごく独特。京都の中心地からは離れた立地にあるのに遠くからでもお客さんが来ている印象があって。
清野 あら〜、嬉しいですねそう言っていただけて。
山﨑 「ba hütte.」に人が集まる理由って何なんやろうなあっていうのが知りたくて。それはお店のユニークさなのか、こういうお店が修学院っていうエリアにあるからなのか、清野さんのキャラクターあってのものなのか。ご自身で「うちはこういうお店です」って言うとき、なんて説明するんですか?
清野 「何屋さん?」なんて言われると、本当に何って言ったらいいか困るんですよね〜。本だけ買って帰る人には本屋さんやし、雑貨もそう。本も雑貨目当てじゃなく、お酒を飲みに来てくれる人にとっては飲み屋さんやし。こっちから「うちはこうです」って言うよりも、受け手側というか、お客さんがどう思わはるか次第かなって考えてます。
山﨑 たとえば、本やったらセレクトの基準は何ですか?前に読んだ取材媒体で「お店が名刺代わりになる」っておっしゃってたかと思うんですけど。
清野 もともと本屋を始めた理由が、売るほど家に本があったって話なんですよね。
山﨑 へえ〜!
清野 私も旦那も本屋で働いてて、あ、旦那はいまでも新刊を扱う本屋で働いてるんですけど。本は昔から山ほど増えて溜まっていくんです。どんどん新しいのを買うので。いまはそれを読み終わったら店舗に卸してるって感じです。



山﨑 あ、じゃあここに売ってる本はみんな清野さんと旦那さんの。
清野 そうです。私と旦那が今まで買ってきたもんでしかないというか。やっぱり本棚ってその人のキャラクターが反映されるじゃないですか。だから「名刺代わり」になるんですよね。どういうお店かは自分で説明するのが難しいけど、本棚を見てもらったらお店の雰囲気は掴んでもらえるんちゃうかなと。
山﨑 置いてある本は自分が読んでめっちゃおもしろかったから、知らせたい!っていうわけではなく?
清野 自分で読んだけど、自分ではあんまりやったなって思うものも置きますよ。買ってくれる人はおもしろいって思ってくれるかもしれませんし。逆に売りたくないほど取っておきたいって本でもどんどん売りに出します。
山﨑 それって寂しくないんですか。
清野 読みたくなったらまた買ったらいいんで。私も旦那も、めっちゃ好きな本って何回でも買うんですよ。だから好きな本は何冊も持ってるし、出し惜しみしても意味ないかなって。自分たちが世の中と本のあいだをずっとぐるぐるしているイメージです。
山﨑 雑貨やお酒に関してのセレクト基準はあったりするんですか?
清野 いちばん重要なのは価格ですかねえ。「めちゃめちゃ高級なもんを売るのははうちじゃないよね」っていうのは思ってます。ハイブランド店があるような市内の中心地ではなく、のどかな住宅街ですし。近所の子どもたちや、おっちゃんおばちゃんも気軽に立ち寄れるお店でありたいので、気軽に手が出ない値段だったり買っても飾るだけだったりするモノはちょっとコンセプトとリンクしないかなと。
山﨑 飲み屋ですけど、子どもの描いた絵とか飾ってますもんね。お客さんの層的にも「これええなあ」って思ったら買って帰れるくらいのやつがいいと。
清野 そうですね。お酒も肩肘張らないものを。でもお酒は開店当初はもっと少なかったです。ここまで酒場として利用してくれる人がいると思ってなかったので。お客さんのリクエストとか、みんなこんなに飲むならこういうお酒も仕入れてみるか〜っていうのを繰り返してきました。


「逆・鰻の寝床」? 土地の狭さを逆手に取ったオープンな空間
「ba hütte.」の魅力といえば、この唯一無二の建築もあると思います。


山﨑 建築自体がグッドデザイン賞を取られてましたよね。
清野 そうですね。京都市北区にある、木村松本建築設計事務所さんにお願いしました。
山﨑 はじめて寄らせてもらったとき「すごい建物やな」って思いましたもん。すぐ横に神社があって緑も多くて、閑静な住宅街って雰囲気のところに、この建築物ですもんね。
清野 狭いと言うか「薄い」ですよね(笑)。お客さんからは「逆・鰻の寝所」って表現されますが、うまいこと言わはるなあと。普通、鰻の寝床は間口が狭くて奥行きが広いですが、うちは間口が広くて奥行きがないタイプなので。
山﨑 でも、路面に面して本と雑貨とカウンターが一望できて、この解放感はすごいです。めっちゃ気持ちいいですよね。ずっと昔から修学院とか、左京区でお店をやりたかったんですか?
清野 勤めてた頃からお店はやりたいと思ってましたけど、別に左京区に限らず探してはいたんですよ。住居兼店舗としてできるようなところ。商売もできて、住みやすくて、街なかにもアクセスがいい距離感のところを4年近く探してたんですけど。ただ、私が探してた頃って東京オリンピックが発表された直後やって。
山﨑 あ〜、はいはいはい。
清野 いろんな土地や空き家がゲストハウスとして買いまくられてて、ちょっと検討する暇もないくらいだったんですよ。特にアクセスがいいところはすぐに買われちゃうから。そんな時にこの土地を見つけたんです。たとえば町家やと、ちょっとお客さんが自転車停めるのにも隣人に配慮せなあかんし、音楽かけたりゲストを呼んだりするイベントも難しいかもしれない。

山﨑 昔からある町家とか長屋は、隣と壁が共有ですもんね。
清野 そうそう。でもここは全く周りに建物が接してないし、いろいろいいかなって。お店だけならいいけど、私たちは住居として24時間そこで暮らしていかないといけないんで。それでここに店舗兼住所を構えることにしたんですが、もともとは私がお店に立つ予定ではなかったんです。
山﨑 そうなんですか!?
清野 そうなんですよ!旦那がお店に立つ計画だったんですけど、うちの旦那ってほんまにマイペースで……。私が銀行とか設計事務所とのやりとりをやることになって。電気の配置の位置とか、コンセントの数なんかも、旦那に聞いても返事がこないからって私に来るんです。別にやりとりをすること自体はよかったんですけど、旦那が果たして「ここは自分のお店だ」って思えるんかなあって。
山﨑 理想の導線があるかもしれませんしね。
清野 もともと私と旦那は同じ会社にいて、私がお店を立ち上げたりしている様子も見てきたってのもあるんでしょうけど、開店半年前になって「やっぱり君がやってくれたほうがいいと思うんだよね」って(笑)。
山﨑 え〜〜!!!

清野 すごい無茶振りですよね(笑)。で、「私が立つんやったらお酒も出したいわ」ってなって。ギリギリでカウンターの大きさなんかも変えてこの形になった。もともと私が立つ予定ではなかったところから始まって、いまいろんな人が日々来てもらうような場所になってるっていうのはおもしろいですね。
山﨑 予想外のことかもしれませんけど、結果として清野さんがオーナーとして立つことでバチっとこの空間にハマってるってのは感じますけどね。
誰でも来れるけど誰でも入れるわけじゃない、本や雑貨がこの場所を守ってくれている
自宅件店舗でこれだけ間口が広いというのも珍しいですね。
山﨑 上がご自宅っていうのもいろんな媒体に載ってますし、入口も複数あるじゃないですか。意地悪な質問になってアレなんですけど、来はったお客さんで困った思いをしたこととかはないんですか?
清野 困ったことが一度もなかったとは流石に言えませんけど、だいぶ少ないですよ。うん、なんかね、本や雑貨に守られてると思います。



山﨑 どういうことですか。
清野 間口が広いとはいえ、建物自体から何か感じさせる雰囲気を出しているのがひとつガードになっているんですよね。中に入ったら、どうやらお店みたいやけど、ベストセラーが並ぶ新刊書店というわけではないし、雑貨もジャンルが統一されているわけではない。「何のお店なんやろ?」ってなるのがもうひとつガードになっていて。さらにこの立ち飲みスペースに来るまでの導線的もガードになっていて。
山﨑 なるほどなるほど。
清野 いろんな「入ってええんやろか」ってガードを越えて、それでもこの空間が楽しそうやなって思う人が飲みの場に来てくれるんで、見ていて心配になるような人は本当に稀なんです。私がこの場所をすごくいいなって思っているのが、こうやって私を守ってくれてる部分。私の名刺の代わりになってくれて、ここはこういう店だよって紹介してくれてるんです。
陽キャに見えてそうではないキャラクター
清野さんのキャラクターに惹かれてお店にやってくる人も多そうです。
山﨑 僕の印象なんですが、はたから見てる清野さんって陽キャの塊みたいなところってあるじゃないですか。それこそコミュ力に全振りされているみたいな。
清野 わっはっは!!

山﨑 それってもともと持ってはるものなのか、後から獲得していったものなのか。なんなら営業中の顔として意図的にやっている部分なんかもあったりするんでしょうか。
清野 そうですね〜、幼い頃から……っていう話でいくと、小学校の頃なんかは通知表に「明るくて元気な子」みたいなことを書かれてはいましたね。
山﨑 そうなんですね。
清野 でも、それを親に見せたら「あんた学校ではこんなんなん?」って言われるんですよ。学校やとワーッと喋るけど、家やと全然違って。ただ、もともと自分のなかで切り替えているとか、スイッチのオンオフがあるとかではなく、たぶん無意識的なものなんですよ。外で人と喋っているときは楽しいし、家にいるときはリラックスしてるってことなんです。家族やし、あんまり喋らんでいいかなって。
山﨑 じゃあ、お店やられてるいまもご自宅ではあんまり喋らへんのですか。

清野 うん、そう考えたら、家やと旦那と全然喋ってないですね。旦那は外では無口で、家に帰るとよく喋る人なんですよ。お互いの外と家での過ごし方が、逆転してる感じ。
山﨑 もともと外で人と喋らはるんが好きなんですね。でも、ある意味人と喋るのも仕事のうちじゃないですか。好きなことでも疲れる瞬間ってあると思うんですけど。
清野 切り替えるといえば、できたら1ヶ月に1日、忙しかったら3ヶ月に1日でもいいんですけど、家に引きこもる日のようなものをつくりますね。
山﨑 へえ〜!
清野 その日はもう誰とも喋らない。その日に荷物が届く予定があったら、受け取り日時をずらしてまで「他人と話す」ことをシャットアウトします。こういう引きこもり日をつくってバランスをとるってことは、もちろん人と話すのは好きですけど、ずっと休みなくそれをし続けられるってわけではないのかもしれないですね。うん、いままでちゃんと意識したことなかったけど、そうなんかもしれない。
Interview & Text by ヒラヤマヤスコ
Photography by 福家信哉