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ディレイラブリューワークス

BOYZ ON THE RUN(前編)

ヤマザキアキノリ

趣味はなんですか。と聞かれたときに、悩む。
一つではないからだ。

趣味は、以下の3つの意味を持つという。出所はWikipediaなので真偽は定かではない。
1.人間が自由時間に、好んで習慣的に繰り返しおこなう行為、事柄やその対象のこと。
2.物の持つ味わい・おもむきを指し、それを観賞しうる能力をもさす。
3.人間が熱中している、または詳しいカテゴリーのこと。

ふむ。その意味に照らし合わせると、僕にとって、趣味は、一つではないからだ。
いくつかをスラスラと伝えると、

多趣味ですね
好奇心が旺盛ですね。

と聞き手から返されることが多い。これは僻み根性なのかもしれないが、そこには、
飽きっぽいんじゃないの?
中途半端。
物事を突き詰められない人。
彼女をすぐ捨てそう。

というネガティブなニュアンスを、言葉の端々に、込めて返される。
ような気が、僕にはするだけかもしれないし、直接言われることもある。

だから悩むのだ。一つだけ言えばいいのだが、それは一番ではないようにも思うし。
この娘も好きだけど、こっちの娘も好きなんだよ。でも一番はキミだよ。

そんなこといったって、しょうがないじゃないか。

 

そういいたいところではあるが、生憎僕は幸楽の長男ではない。
最近ようやく、という前置きをおいた上で
「走る」
と答えるようにしている。ランニングである。

ランが楽しい。ようやくそう思えるようになった。

僕は中学、高校、大学とまあまあ太ってて、浪人時期には120kgを超えていた。
体重はランニングの天敵だ。膝を痛めるし、足裏を痛めるし、スピードも出ないしすぐ疲れる。
歩くだけで体重の6倍の負荷が膝にはかかるというし、走ると7倍から8倍とも言う。
要は僕の膝は、多感な10代の間、1tの負荷と衝撃に耐え続けてきたということになる。
キング・ザ・1トンと異名を持っていたのもその頃だ。
言われたことはないけど。

高校の時に、校舎の階段を登ったただけで、膝に血がたまったこともあって、
スポーツとは自分を傷つけ、追い込むものだという認識は、その頃に植え付けられたといっても過言ではない。
あ、そういえば、中学の時、教室で窓辺にもたれかかっただけで、重みでガラスを割ってしまい。
悪友が尾ひれをつけて話した結果、
僕は2時間目と3時間目の間に、鉄パイプの代わりに素手で教室のガラスを割りまくって学校に反抗をしたことになり、
内申点が下がった事があった。

母親を泣かしたのは、あとにもさきにも一度であるし、
生徒指導の先生が、もたれただけだという、自分の訴えを一笑に付したことも忘れられない。
大人はわかってくれないし、大人なんて信じられない。
体制の犬め、と思ったのもその頃からである。
今は僕が体制の犬であるのだけれど。
制度とルール大事。

サブカルおじさんがフランスの映画を出すと思ったら大間違いである。誰もそんなこと思ってもくれない。

なので、体育の長距離走がほんとに苦手で嫌いだった。
走っても走っても痛みしかないからだ。
そして周回遅れにされ、挙句の果てに本気で走れと怒られ、
まだ短距離ならなんとかなるのに。なってないけど。
そう思いながらただただゴールまで走ったのだ。

達成感も爽快感もなく、屈辱と膝の痛みだけを与えられるもの、
それがラン、走るということだった。
自転車との違いは、そこにあったのだ。
長くじっくりと取り組むことが苦手で、集中力が続かなくて、
短期集中型で即決するような性格になったのは、きっと長距離走が苦手だったからだ。
そう信じてる部分はある。

苦い経験が人格形成に影響を与えることはままある。そう思うのだ。

自転車は膝が痛くならない。みんなと同じスピードで、なんなら自分がトップになることもある。
それは後々、そんなことなくて、膝は痛くなるし、足首腫れることもあるし、股関節もやられるし、
そもそも体重大事なところ変わらない、ということに気付かされるのであるが、
それはまた別の話で、別のレイヤーの話なのだ。

後のエリヨ・波寝である。

なのでランからは避けた人生を歩んできた。比較的。
自転車で体を動かしてるんだからいいじゃん。本当にそう思ってきたのだ。自転車がすべてを救ってくれる。
本当にそうだった。一度は結婚できたのも、会社を起こせたのも、
なんとか維持できてるのも、いろんな出会いをもらえたのも、すべて自転車がそばにあったからだ。
だから社名もシクロ(Cyclo:円・回転・自転車)になったのに。

でも、どうしても相容れない、社会が許容してくれない空気があった。
ちなみに自転車云々いうてるのは、ただの、ちょっと朝駆けのテンションのポエムである。

つづく。